カラクリサイクル

『輝かしい青春』なんて無かった人の雑記

日本の政治家が三流な理由

多分、平和ボケしてるのと、政治家、という職業に魅力感じる人間が、偏った人間ばっかりになってるからだ、と思う。

特に平和ボケが深刻なんじゃないかなーと思うけど、昔の太平洋戦争前の政治家たち、特に明治、大正あたりの政治家は、自分達の選択の責任の重大さを真に理解していたんだと思うし、おそらく国を背負う、という事に対して、文字通り腹を切る覚悟で望んでいたんじゃないかな、と思う。

要するに覚悟の質が違うんだろうけど、今の政治家はどっかの新興宗教系団体とズブズブ、とか、あるいはうさんくさい活動家上がり、だとか、或いは自分達の利益にしか興味がない、みたいな、国を背負う、という意味の重さ、恐ろしさが分かってない人間が多いんじゃないかな、と思う。特に自民党と民主党

自民党とか民主党の中にも、覚悟持った人たちは居るんだろうけど、それがいかんせん少数っぽいし、国会の様子とか報道されてるの見てると、なんか子供の喧嘩じゃあるまいしって感じるコトもしばしばある。

それとまあ国民も平和ボケしてるってのもある。

変な政治家が政治家やってる理由、というのは、国民が選挙でそのヒトを当選させた帰結であって、その点においては変な人間を政治家として当選させた、という責任は国民にないわけじゃない。それを棚にあげて、政治家はクソだ、と言っても、同じことを繰り返すだけだ、と思う。

多分次の選挙では、自民党が多少盛り返すんだろうけど、大阪維新の会とか、あるいは名古屋の減税日本とか、地域政党から始まったポスト既存政党的な政党が盛り上がりつつあるわけで、既存政党が果たしてどこまで盛り返せられるのかな、と思わないでもない。

まあ、なんだ、今後できるコト、と言えば、選挙にきちんと行って、自分の一票をきちんと投じる、ということが、国民の責任だと思います。

以上、政治家関連に思うこと終わり。