カラクリサイクル

『輝かしい青春』なんて無かった人の雑記

理想の誰かを目指すのは絶対にやめた方が良い

昨日の夜辺りに考えてたコトを書く


理想の誰かと貴方は型が違う

まず、最初に。

例えば貴方に、理想の上司なり、理想の小説家なり、理想のプログラマなりがいたとする。

で、理想の誰かに憧れる、のはまあ良いとして、 もし、

  • 理想の誰かそのものっぽい自分になりたい

見たいなコトを考えているのなら、それは絶対にやめた方が良い。

確かに人生に置いて、自分の指針となる人物、 英語圏でいうところのメンターを置く、というのはやっても良いと思うんだけど、 もしメンターとなりうる人物と、同じような人間になりたい、 とか考えてるんだとしたら、それは考え直した方が良い。

それは何故か、というと、

  1. 理想の誰かと
  2. 今そこに生きる貴方は
  3. 型が違う

からです。

最近ハマってるGo言語で例えるなら、理想の誰かになりたい、 と恋いこがれるコトは、配列型に憧れるuint型みたいなもんで、 いやどうやっても数値型が配列型になるなんて無理だし、 そもそも役割が違うのに、同じようなインターフェース実装しても混乱するだけっしょ、みたいな。

で、人間というのは、人間型というインターフェース型が実装されているにしても、 基本的に男型と女型という感じで分かれてて、 さらにそっからストレングスファインダー的34の資質パラメーターが、 超複雑怪奇の如くに絡まり合い、一つの人間という値を構成しているワケで、 貴方と理想の誰か、というのは、全く持って代入不可能な別の型の値なワケです。

まあもうちょっと分かりよく言うと、静的型付けプログラミング言語で、 配列型の変数に数値型なり真偽値型の値をぶっ込もうとしても、 そりゃお前さん、コンパイルエラー吐いて終わりにしかなりませんなりません。

ウチコン。すみすみ。

理想の誰かさんの資質と、貴方の資質は多分違っているはず

上記の例えは何が何だが分からない……となってる方もいらっしゃると思いますが、 基本的に、理想の誰かと、自分自身の資質、言い換えるなら性質、というのは、 似たような所があれど、完全には一致していないと思います。

で、この辺り、

という本に詳しく書かれてて、実際にストレングスファインダーテストとか受けてみりゃわかりますが、 自分の資質、というモノと、理想の誰かの資質、 というのは大きく異なっているはずで、 もし完全に一致、とかなる人がいるとしたら、 それは一卵性の双子ぐらいしか可能性がないと思います。

んで、僕はストレングスファインダーテストを受けてみて、 自分の資質を分析したんで分かったんですが、 ああ、自分のこういう傾向、自分のこういう性格は、 こういった資質の元に構成されているんだな、 というのは上記テストを受けてみると面白いように分かります。

なんでまあ人生の一回ぐらいは、上記テストとか受けてみると良いんじゃない? とか僕は思います。

理想の誰かを目指すより、理想の誰か以上の存在を目指せ

んで、最後。

僕は思うんですが、自分の人生っていうのは一回切りだし、 あと仮に輪廻転生があるんだとしても、今この時代を生きる自分、 というのは一回こっきりなワケで、その貴重な人生を、 誰かのモノマネとか猿真似を追求しても、 あんまり良いことないんじゃない? とか思います。

あとコレは僕の例ですが、僕は、尊敬したりすごいな、 と思う人がいるにしても、理想の人物像とか、 こういう風になりたいな、という憧れの人とかが、まったくもっていません。

というのも、僕はあくまで僕だし、理想の誰かは理想の誰かでしかないし、 どう考えたって僕は誰かになり得なず、僕は僕という存在にしかならない、 と何となく思ってるからです。

だからもし、これを読んでる貴方が、理想の誰かになりたい、 とか考えているのなら、それはすっぱり諦めて、 むしろ誰かに憧れられる自分になった方が、 それはとっても素敵だな、って思います。

終わり

とりあえず昨日の夜にお米かししてた時に考えてたコトは大体上記のような感じ。

まあとりあえず、自分というモノは自分というモノでしかない、 と自覚しておけば、人生ちょっとはマシになるんじゃないでしょうか。

というワケで今回の思索は以上。

今12:45だけど、昼飯どうすっかな。