カラクリサイクル

『輝かしい青春』なんて無かった人の雑記

犯罪行為を描くことを規制しだすと、際限がなくなると思う

ということを、

というあたりを読んで思ったのでそれを書く。


基本的に、創作物における児童ポルノ相当の描写が、 何故規制せよとかのやり玉にあがるか、というと、 その話を突き詰めて行けば、つまるところ、

  • 重大な人権侵害を伴う犯罪行為を、肯定 or 助長しかねない

というのが主な理由になると思うんだけど、 僕が思うに、この、

  • 重大な人権侵害を伴う犯罪行為

って、別に、児童への性的虐待等だけではない、 と思うんだよね。例えを上げるなら、 殺人とか殺害とか傷害致死とかそういうの。

でさ、もし仮に、

  1. 重大な人権侵害を伴う犯罪行為を
  2. 肯定 or 助長しかねないという理由で
  3. 創作物における表現を法的に禁止する

という一連の流れが、正しい行為だ、それは正義だ! というのなら、さっき上げた、

  1. 殺人
  2. 殺害
  3. 傷害致死

等と言った表現への規制も、当然正しい、 ってコトになっちゃうんだけど、それも肯定したりするの? と僕は疑問に思う。

つかね、殺人描写とかなんて、

  1. ミステリとか
  2. ラノベとか
  3. ゲームとか
  4. ドラマ番組とか

にありふれてる訳だし、 もしこれらが大々的に規制されるとなれば、

  • 人が殺される小説
  • 人が殺される漫画
  • 人が殺されるアニメ
  • 人が殺されるゲーム
  • 人が殺されるドラマ

なんかのすべてが、

  • 規制対象=作ること自体が犯罪

となるわけなんだけど、それって本当に正しいコトなの? と僕は思う。


ぶっちゃけ、いわゆる、

  • ろりえろを規制しろ!

とおっしゃってる方々って、 そのろりえろだけを規制すればそれで話は終わり、 と思ってるように僕は感じるんだけど、 コトはそう単純じゃなくて、 一つの犯罪描写を規制するのであれば、 他の犯罪描写も規制するべきでは? って話になり、 それが際限なく広がって、最後には分別のある大人にすら、 お子様ランチみたいなモノしか許されなくなる、 という社会になりかねない、と僕は思ってる。

だからこそ、僕はこういう犯罪行為の描写そのものを、 肯定的に捉えるだの風潮を助長するだのと言った理由で規制する、 というコトに反対なんだけど、それでも、犯罪描写は規制すべきだ! とおっしゃるだろうか、と僕は思う。

で、もしそう言う、

  • 何何を肯定的、あるいは風潮を助長するから規制します

みたいなのを無制限に肯定し、かつ立法局に許し続けて行けば、 いずれは、自由のじの字すらない、完全な規制社会が出来上がり、 かつてSFとかで描かれたディストピア社会が登場するんじゃないか、 と僕は思います。


とりあえず、今日のもやもやは以上。

僕が言いたいのは要するに、表現内容に対する規制というのは、 一つ規制されたら、次はこれ、次はあれ、で、 どれもこれもとなっていって、最後には何一つ残らなかった、 というような話になりかねない類いのモノだよ、 と言ってはおきたいです。

ということで以上。おわり。