読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カラクリサイクル

『輝かしい青春』なんて無かった人の雑記

Diary


概要: MDD = MUJOU Driven Danshari = 無情駆動断捨離


    ……、貴様、何をしている

    ……、本の片付け、だよ。
       そう、ただの、場所を取るだけの、開きもしない、ただの本の片付け、さ。

    …………、貴様、何故だ。

    ——何故、か。

    ——ッ! 何故だ! なぜ Perl の参考書を、紙袋に放り込む!

    ……分からないか? 「スペースを取るから」 だよ。

    ——何故だ貴様! なぜ! お前が一番最初に習得した言語の参考書を捨てる!
      それは、お前が一番大切にしてきたモノだろう! 何故だッ!

    ——理由は簡単だよ。場所を取るからだ。
      古い本は市場での価値を失い、そしてその内容も古くなる
      そして、その古い本は新しい中身と入れ替えられて、また同じ名前の本が出る。
      そしてソレがそうなった時、古い本を取っておいてどうする?
      また同じ本を買うのか? また同じ様な内容の本を読むのか?
      
    ——いいか、その、同じような内容の本を買い、一回だけ読み、
      そして暗いねぐらに本を溜め込む。それはね。
      
      「執着」
      
      と言うんだよ。
      
      俺はね。気がついたんだよ。本に執着している限り、
      俺は、いざと言う時に本に埋もれて死ぬ。
      逃げ場を失い、「本」という、腹の足しにもならないモノに埋もれて死ぬんだ。
      冗談じゃない。俺は、「プログラマー」だ。
      俺は、そこにコンピューターとプログラミング言語がある限り、
      プログラミングを探求しなければならない。
      年を取ってからくたばるならまだしも、何時くるかもしれぬ大震災の時に、
      「溜め込んだ不要物という名の本」に埋め尽くされて死ぬのはごめんだ。

    ……、しかし、それでも、それでも! Perlには! 愛着があったんだろう!答えろ! 外道!

    ……、分からないか? 僕はもう、Perlの参考書に頼らなくてもなんとかなるんだ。
      それに昔ならいざ知らず、今の時代、Perlだけにしがみついていて何になる。
      Perlの参考書だけを後生大事に持っていて、何になるんだ。

      いいか、僕はもう、Perlだけ使えるというビギナーじゃない。
      Python、Ruby、PHP、Javascript、CoffeeScript、JSX(DeNA)、
      あるいは、Golangと言った言語すら扱うようになった人間だ。
      そんなマルチンガルなプログラマーである僕が、
      Perlだけを特別扱いする必要がどこにある?

      それにね、本の収納スペースは有限なんだ。
      いくら四畳半の自室に本棚が二つあるからと言って、
      無限に本が詰め込める訳じゃない。
      それこそ、コンピューターのメモリがストレージが有限であるように、
      自室のスペースもまた、有限な代物にすぎない。

    ——いいか、「無限に本を詰め込められる」と錯覚するほどの、
      巨大な本棚を持っているのは、
      
      「大規模書店」 か 「dankogai」
      
      ぐらいなモノだ。
      もしそのような無限に近い本棚を持つ人間がいたとしても、
      それはやっぱり有限なんだ。有限なんだよ。
      
    ——だから僕は、Perlの参考書を含め、本を売り払う事にした。
      そうして僕は、わずかながらに広くなった自室で、
      本の山に怯える事も無く、プログラミングに没頭できるんだ。
      
    ——そう、僕は、本を、売り払って捨てる、捨て去る、と決めたんだ。
      
    ——そうか。貴様は、
      
    ……それじゃあ、さよならだ、「執着心」
      君には、またいずれ出会うときが来るだろうが、
      今はサヨナラの時間だ。
    ——僕はもう、本には執着しない。

    ——ああ、僕の部屋は、
      こんなにも、
      広かったんだ。

以上、というポエムでした。

で、何がしたかったのかって? 答えは簡単です。

——僕は、本を売り払うと決めた。
それが例え、一時の気の迷いだとしても。

というコトで、本日は以上です。