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カラクリサイクル

『輝かしい青春』なんて無かった人の雑記

ナントカ反対社会運動において、『相手へ罵詈雑言を浴せかけるコト』を肯定するのは、もうそろそろ卒業した方良い

Sensitive Thinking

と思う所が前々から有るので、今日はそういう系の話を久しぶりに書きます。


0. 前書き

まあ、この記事を書こうと思った切っ掛けは、

lite-ra.com

lite-ra.com

を読んだコトが直接の切っ掛けなんですが、

  • 現 C.R.A.C (旧しばき隊)とか
  • 過去に自分もちょっとだけ首突っ込んでいた表現規制反対問題とか
  • あるいは、それ以外にも反原発運動だとか反安保だとか

の、いわゆる、

ナントカに対する反対運動

において、

その反対する事柄 において 対立する相手 への、 罵詈雑言を浴せ掛ける行為

を肯定したりするのは、

もうそろそろ止めにしませんか? それ周りから理解を得られなくなるだけですよ……

というのが、今回言いたい事柄です。

1. ナントカ反対運動において、『相手への罵詈雑言』を用いるのは、一種の麻薬である

これに関連するコトは、以前、僕が表現規制反対運動に関心を持って接していた頃に散々書いてはいるのですが、 はっきり言って、この手の、

○○に対する反対運動

において、

相手への罵詈雑言を用いる

という事柄は、

周りからの理解を得られなくなる、破滅の切っ掛けの麻薬

に相当する、と僕は考えています。

というか、こう言い方と怒る人もいらっしゃるかと思いますが、

  • 相手のコトを口汚なく罵しって
  • それで仲間内で盛り上がって
  • 自分達は正義なんだ! 正しいコトをしているんだ! と悦に入る

というのは、多分、それを行なっている人間からしてみれば、大変に気分が良いコトなんでしょう。 で、その大変に気分が良い状態で、さらに過激なコトを言うと、周りからは一目を置かれたりするコトも有るので、 そうやって注目を集めれば、それはそれは相当に盛り上がり、さらには自分達は何でも出来る、というような、一種の全能感にも浸れることでしょう。

でね。そこで一つ質問なんですが、そういう 優越感ループが起きていたナントカ反対運動 において、 冷静に反対運動していた方以外 に、 誰か有力な反対運動の成果を出せた方っていると思いますか?

ほとんど居ないでしょ?

まあ、これについては僕がその手の筋の方々を知らないだけ、ってかもしれませんが、少なくとも、 表現規制反対運動 においては、そういう 優越感に浸ってただけの方で、なんらかの成果を出せたヒトって寡聞にして知りません

さらに言えば、(表現規制反対運動では) そういう優越感ループに浸っていた人達は、一体全体過去に何やってたんだ 、 と思われるかもしれませんが、大抵の場合において、そういう人達は何やったかっていうと、 最前線に居る方々の足を引っ張ってるだけ でした。

例えば、議員先生方に電話とか FAX とか DDoS 攻撃したり、あるいはボロックソに罵倒を連ねたメール送りつけたり。 で、ちょっとでもそういうの注意した方々に噛みついたり、誹謗中傷したり……、とまあ散々でした。

そしてさらにタチの悪いことに、そのような残念な方々が居る所為で、実際に議員先生方に陳情なりした方々は、 そういう 無能な味方の尻拭いみたいな形で お叱りを受けたり、あるいは、そういう行為が有る所為で、 表現規制反対運動全体に対してネガティブな印象を持たれた方々への誤解を解いたり とか、まあ 本筋とは関係ないところ で、 周りに足引っ張られていた、というのが現実でした。少なくとも 2008年前後とかそういう辺りでは。

で、まあそう言った意味合いで、身の破滅、あるいは運動の破綻を招く、と言った意味合いで、 こう言う優越感ループは危険というか、ある種の麻薬じみてる、と僕は思うんですが、 この話を聴いて、

我が振りを直さねば

と思えたならまだ良いんですよ。

で、この話を聴いて、

キモオタざまあwww

とか良いそうな感がある、と僕は若干感じている C.R.A.C 界隈の方々には特に注意して欲しいんですが、 こう言った、

(特定の) 誰かを下に見て、その誰かに罵詈雑言を浴せ、かつ、それで溜飲を下げる

という、その行為、心理、あるいは優越感みたいなモノは、その運動を破滅や破綻に繋がりかねない重大なリスクである、 と僕は思うし、また、こういった、

誰かを下にみて、それで溜飲を下げる

という感情こそが、 差別やヘイト、あるいはいじめとかの人間の負の側面の大本の感情である、と僕は考えています。

また、 『差別』や『ヘイト』に毅然と立ち向かうのであれば、本来はそういった感情を戒める必要が有る と僕は考えているので、 そう言った意味では、 C.R.A.C 界隈の方々は、『ヘイト』を行なう人物に悪感情を抱く余り、そういった人間の負の側面に落ち入っているのではないか、と僕は感じています。

で。次。

2. 特定の誰かを誹謗中傷し、またそれで溜飲を下げるような活動を行なっている社会運動は、周囲のまともな人々の理解を得られるはずなどない

で、僕は別に C.R.A.C の人達に何の恨みもないし、また在特会のような、一種のヘイトクライムまで行なっている集団には、 これっぽっちも賛同しないし、また、関わり合いにもなりたくない 、と思っています。 また、僕は C.R.A.C の方々が理念としているであろう、『反差別』だとか、あるいは『反ヘイト』という考え方自体には、特に反対するモノでも無いです。

というか、僕は C.R.A.C. とかあるいは元しばき隊界隈だとか、あるいはその派生の SEALDs とかについて、 内情もほとんど知らないし、また具体的にどういう理念を持って行動を行なっているか、というのも、 かなりの部分が伝聞で、正確にはどういう活動をしているか、までは把握していません。

なのでまあ、ここまで書いたことを読んだ方の中には、

はあ? 良い加減な情報で判断すんなカス

と思う方もいらっしゃるかと思います。

ただ、それでも伝え聴く最近の炎上事件を鑑みるに、少なくとも、一部かどうかは判りませんが C.R.A.C 界隈の方々で、

(特定の) 誰かを下に見て、その誰かに罵詈雑言を浴せ、かつ、それで溜飲を下げる

という行動を取っている方が居るように僕は思うんですよね。公式アカウントの中の方とか、 公然とキモオタとかそういう罵倒表現使ってますし。

で、話の流れとして C.R.A.C の方々の話に今なっちゃってますが、別にこれは C.R.A.C の方々だけに限った話ではなく、 今はどうかは知らないけれども、僕が関心を持って関わろうとしていた (が、実際には自分は対して役に立たなかった) 表現規制規制運動でもそうですが、

(特定の) 誰かを下に見て、その誰かに罵詈雑言を浴せ、かつ、それで溜飲を下げる

みたいな行為が横行すると、最初は 正しく理念を持って行動しようとしていた人々も、周囲に流され易い人達からそういう方向に引っ張られて行きます し、 また、そういう風に 皆が流されて入って言動が過激化していったりする と、今度は、 まともな理念や考えを持っている人々が、その運動を避けるようになっていきます

まあ、反原発運動とか、あるいは反安保運動とかについて、全体が真っ当な理念を持って行動を起こしているのなら問題ないんですが、 その運動そのものに疑念を持たれたりする素因の一つには、そう言った運動の参加者の一部とかに、 まともな感覚を持っている人達から眉を潜められる行動を取っている人間が居る、と言うのが、そもそもの原因だったりします。

で、もし仮に、

(特定の) 誰かを下に見て、その誰かに罵詈雑言を浴せ、かつ、それで溜飲を下げる

というタイプの人間だけが集まり、それが社会運動とかするとどうなるか…… と言うと、 これはまあ簡単に言えば、在特会コンパチ みたいな、 社会に悪影響を撒き散らす社会運動 と化します。

まあ、在特会レベルだと、そもそもの発端自体がアレ、っていうのが有ると思いますが、 アレも元々は小さな反発心みたいなモノが、ネットを通じて憎悪が煮え詰り、最終的には悪影響の固まりみたいな感じになった様に、 仮令、元が『反差別』とか、あるいは『反ヘイト』という理念が有るであろう社会運動でも、それが過激化し、 かつ、その集団への悪感情の発露が目的化すると、まあ、同じような末路に成るんじゃないか、と僕は思います。

で、最後。

3. なんらかの反対運動に首を突っ込むのならば、『目的』は『手段』を浄化しない、というのは心に止めておくべき

だと僕は思います。

まあこの辺りの話については、僕は、

togetter.com

という佐々木氏のまとめを読んでとてもスッキリした形で理解できたので、一読をお勧めしておきますが、 少なくとも、今回の話で取り上げていた、

ナントカについての反対運動

では、いくら 『目的』や『理念』が崇高なモノだった としても、それを実現する『手段』を取る段階において、 醜悪な手法を選び実行していたら、その『目的』や『理念』が台無しになるし、また、その手法のマズさが過激になれば過激に成るほど、 周りからの理解を得られず、最終的には堕ちるところまで堕ち得る原因になるのではないか、と僕は思います。

それで、それに関連してですが、僕が C.R.A.C の理念や理想には理解を示せるのに、なんでその活動に同意が出来ないんだろう、 と思っていたコトも有ったんですが、これはもう今となっては明確で、C.R.A.C. 界隈の一部の方々が、

(特定の) 誰かを下に見て、その誰かに罵詈雑言を浴せ、かつ、それで溜飲を下げる

という、在特会と同じような指向を持つ行動を取っていたコトと、あと、

『反差別』や『反ヘイト』という目的を逹するために主張している『手段』が、僕に取っては容認し難い主張をしている

という二点で賛同できない、という結論になっています。

まあ、前者の在特会と同種の行動を取っているのではないか、という疑念については、 ここまでで大体書きましたが、後者の『手段』について同意できない、というのは、 ぶっちゃけて言えば、C.R.A.C 界隈の方々が、

ある種の表現規制を行なって、特定の人間の口を封じろ!

と主張している点です。

まあ、僕としても、ヘイトスピーチや、あるいはヘイトクライムという行為がのさばっている社会状況、 というのは、好ましくないし、また、それらについて、許容する社会もどうなんだ、とは思っています。

が、それを封ずる手段として表現規制を行なえ、というのは、あまりにも悪手だと僕は思っていて、 ぶっちゃけ、それは、

ヘイトスピーチに対し、言論弾圧しろ!!

と言っているようなモノです。

それで、この辺りこの記事の本題から外れる感じでは有るんですが、表現規制という手法は何故悪手か、というと、これは簡単に言えば、

法規制に十分な抑止力を盛り込まないかぎりヘイトスピーチ という概念を無限に拡大解釈され、 市井の人々の口封じを行なう為 に、 ヘイトスピーチへの表現規制が乱用される恐れが有る

という点と、あと、

部の表現を表現の自由から排除 (パージ) 出来た事を皮切り に、 他の問題視される表現も表現の自由から排除 され、 最終的には 自由にモノの言えない、言論統制社会に成りかねない

という二点です。

で、更に言えば、ヘイトスピーチ規制の内容にも依りますが、これがもし、 ありとあらゆるヘイトスピーチ的な表現を規制するモノ だったとしたら、 それこそ、

史実の闇や、人間の影の部分を描く表現として、あえてヘイトスピーチを描き、 それに対抗する人々を描く

という様な手段が取れなくなってしまうコトになります。

ま、この辺り、規制内容や、あるいは法案の運用次第では有る、とは思うんですが、 基本、人間の行なうことなんで、そんなモノ、信用も信頼も出来ないですし、 また、権力を暴走させたい人間に取っては、ある意味、表現規制法は突破口が開かれいてる方が、 後々悪事を行ない易い、と僕は思っているので、まあ、そういった意味では、

ヘイトスピーチ に対抗するために 表現規制 という手段を使う

という主張には、僕は同意できないですね。はい。

ただ、そうは言っても、ヘイトスピーチとかヘイトクライムがのさばっている社会が望ましい、 とは僕は思ってないので、その辺りは、反社の枠組みでなんとかするしかないのでは、と僕は思います。

以上

なんかもう3時間近く書いている上に、記事の内容も長くなってしまったので、 言いたいことがブレて来てる感が有りますが、ともかく、今回の内容をまとめると、

  • 『他人を罵倒して溜飲を下げる』という行動は、その社会運動を害悪化させてしまうリスクでしかない
  • また、その『他人を罵倒して溜飲を下げる』コトが目的化すると、その社会運動は在特会みたいなモノになる
  • 『目的』は『手段』を浄化しない。『手段』は選ばなければ『目的』の尊さは失なわれる

という感じです。

で、今回、話題として、

  • C.R.A.C (旧しばき隊) 界隈

の話を結構出していたんですが、一部、ネット上の言説で、この界隈に属する方々を指して、

しばき隊は、属性を反転させた在特会だ

みたいな言い方する方々が togetter のまとめとか、あるいは、はてブとかで前に見受けられたんですが、 これは恐らく、C.R.A.C 界隈の一部の方々が、

(特定の) 誰かを下に見て、その誰かに罵詈雑言を浴せ、かつ、それで溜飲を下げる

に近い行為を取ってしまっているのが原因ではないか、と僕は思います。

まあ、 C.R.A.C の公式の Twitter の中の方とか普通に罵倒語として キモオタ とか言ってたと思いますし、 また、他人を嘲笑する様な言動を取ってるのが結構有ったので、その辺り、僕は襟を正して方向修正した方が良いのではないか、と思います。

というのも、

他人に対し侮辱的表現を使い、他人を下にみて馬鹿にし、また、それで悦に入る

という行動に近い行動を取る、というコトは、それこそ、 在特会と同レベルの品の無い行為 だし、 また、その方向の行動を取るコトは、そもそもの自分達が異を唱える、『差別』や『ヘイト』を生み出すで有ろう、

他人を蔑んで、優越感に浸る

という、人間の負の感情そのものなので、そういう負の感情に基づく行動に立ち向かわんとする行動を取っている方々が、 その方向性の行動を取るのは、なんか自己矛盾してない? と僕は思います。


というコトで大体3時間以上はこの記事を書いていましたが、今回、僕が言いたいコトは以上の様な感じになります。

まあ、僕個人としては、別に C.R.A.C の方々が、周りにどう見られようとも知ったこっちゃ無いんですが、 それでも『反差別』や『反ヘイト』を掲げて活動している方々が、相手方と同じ穴の狢に片足突っ込んでるのは残念だと思いますし、 また、相手方の行為に反感を抱くあまりに、差別等を生み出す、人間の感情の暗黒面に堕ちかねない行動を取っているのは、 もうちょっとなんとかならないのかなーなんて思ってます。

また、それ以外のナントカ反対運動においても、言動が過激化し、また相手方への罵詈雑言や嘲笑が主目的になってしまうと、 それこそ相手方の付け入る隙になってしまうと思うので、そういった面々も他人の袖みて我が振り直せじゃないですが、 まあ、悪感情を相手にぶつけるのは自重してください、と思っています。

というワケで以上。もう風呂入って寝ます。

※ ちなみに今大体 10:30 PM です ><;